円盤紀行

レコードに関わるいろんな人のお話

ピアノの前に座る虚な目のベースマン

先輩が言ってた。
シンプルなものこそ難しいって。



細かく刻んだニンニクを鍋に入れる。
オリーブオイルを加え弱火にかける。
まだ火にかけていない鍋にニンニクを入れることが大事。
ゆっくりとニンニクの香りをオイルに移す。


オイルの温度が上がったら鷹の爪を1本。
鷹の爪は熱くなったオイルに加え一気に辛味を出す。


ニンニクにこんがりと色がついたら刻んだイタリアンパセリを加える。
一気に香りが広がる。


茹でたてのパスタと素早く和える。
塩で味を整える。


このいたって簡単な手順で作られる料理“スパゲッティ・アリオ・エ・オリオ・コン・ペペロンチーノ”。
一般的にペペロンチーノと呼ばれるパスタ料理。
全ての素材にそれぞれ重要な意味があり、何一つ欠けてはいけない。
単純でシンプルな調理だが決して浅くはない、とても深みのある味わい。
そして完璧に作るのはとても難しい究極の料理。



イタリアンレストランのキッチンで働きはじめて2年。
やっとパスタを教えてもらえる事になった。
仕事が終わり家に帰ってからもまた練習、そして練習。
昨日も今日も、そして明日も。



まだまだ出来損ないのパスタを食べ終わり、一息つく。
祖父が亡くなった折りに譲り受けた古いTRIOのターンテーブルに、これも一緒についてきたレコード盤をのせる。
スイッチを入れリフトを下ろす。
スピーカーからはアルトサックス、トランペット、ベース、ドラムスと言う4人編成の音が流れている。
いや、流れていると言うものではない。
4つの音が複雑に絡み合って1つの大きな塊になって鼓膜・脳みそ・心臓に突き刺さってくる。
何一つ欠けても成立しない完璧なアンサンブル。
そして魂。


CHARLES MINGUS / PRESENTS CHARLES MINGUS

バックミラー越しの接吻

あっ、この写真知ってる…。



久しぶりのデートの途中でどうしても寄りたいところがあるから30分だけ付き合ってと言われ、レコードを最近聴きはじめた彼につれられ新宿のとある中古レコードショップへ。
初めてのレコード店は所狭しと置かれた商品と無言で次から次へと猛スピードで物色する数人の客(あれで本当に確認できているのだろうか?そしてコツッコツッと落としているが商品は大丈夫なのだろうか?傷付いたりしないか心配になってしまった。)、そしてそれを真似しようと四苦八苦している彼。


普段からあまり音楽に興味がない私は時間をどう潰そうかと考えていた。
書籍のコーナーに行ってみると「ビートルズ全詩集」「マイルス・デイヴィスの真実」「オアシス〜グローリー・デイズ」等こちらも意味不明なタイトルの本が並んでいる。


ざっと1周し入り口近くの棚に戻ってきた。
右側には「ブリティッシュロックA」と書かれたタブが。
その後には「B」「C」…と続いている。
反対の棚には「Jazz Sax」「Jazz Trumpet」…。


壁一面にはいろんなレコードのジャケットが飾られている。
そのうちの1枚に見覚えがあった。
カメラが趣味の父の本棚にあった写真集の中の1枚。
車のバックミラー越しに映る口づけを交わす男女。
中学2年生の時に見て淡い憧れを持った写真だった。
一瞬だがその頃片想いしていた同級生のことを思い出した。
このレコードジャケットが写真集に載っていたのか、また元々有名な写真をジャケットとして採用したのか解らないが、ちょっとほっこりした気持ちになった。


数秒間か数分かわからないがぼーっとしていたが新しく入ってきた客の邪魔になっていると気づき我に返る。
その時目に入ったのが「視聴できます。スタッフまで気軽にお声がけください」という手書きの案内書だった。


彼はまだ夢中でレコードと格闘している。
恐る恐る懐かしの写真を手に取ってみる。
意外と軽い。
「すいません、コレって聴かせていただく事できますか?」緊張しながら店員さんに頼んでみる。
店員さんは嫌な顔もせず「はい」とだけ言って写真をとりあげカウンターの向こうへ。


今までかかっていたジャズ(多分そうだと思う)がブツっと切れ、しばらくして流れてきたのはゆったりとしたアコースティックの綺麗な音(それくらいは分かる)。
その音に重なり優しくて包み込まれるような女性の歌声。
なんて素敵な音楽!
写真ともぴったり!
英語の歌なので内容はよく分からないけど悲しい歌ではないことは分かる。
いや、もっと崇高な内容なのかもしれない(勝手な解釈ですが)。
コレ買っちゃおうかな。
今日彼の部屋で聴かせてもらおう…。


Fairground Attraction / The First Of A Million Kisses

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黒いコートで髭もじゃの黒い人

こんな日でも音楽が聴きたくなるもんなんだなぁ…。


朝起きた時から何となくあった不安感。
何がどうとかではなく、ただ漠然と。
「仕事に行きたくないだけかも」と思ったがそれだけではないらしい。


駅までの道はいつも通り軽薄なカラフルさで溢れている。
透明人間の僕をすれ違う人たちがすり抜ける。
無機質な電車の中。
替わったばかりの週刊誌の広告にはどうでもいいような見出し。
降りる駅は次。
このままスルーしようと今まで何度思ったか。
まだ一度もやれてはいないが。
今日こそはと思ってみたが、叶うはずも無くいつも通り波に飲まれ改札へ。



すっかり暗くなった道を急いで帰る。
今日も昨日と同じ繰り返し。
多分明日も。


テレビでは知らない人たちが大声をあげ騒いでいる。
濃い味付けの惣菜が口の中で暴れ回り水分を奪っていく。
決まり事のようにシャワーを浴び、発泡酒をあける。
これも昨日と同じ、明後日とも同じ。



襟を立てた髭面のおじさんが遠くを見ている。
この表情がどんな感情を表しているのかはわからない。
ただ何となく無性に聴きたくなっただけ。
レコード盤をターンテーブルに乗せる。
スピンドルがラベルに当たらないように狙いを定めて。
33 1/3にスイッチを合わせる。
カートリッジを盤の縁まで持っていきゆっくりと降ろす。
かすかなパチパチの後に始まる男たちのガヤ(?)。
そこからの澄んだサックスの音色。
そして優しく憂く、時折力強い声。


Marvin Gaye / What's Going On

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